こんにちは。『ぅて』です。2025年の締めとして一つ語りたいと思います。
FF11における成長設計と再エンジンの難しさ
ファイナルファンタジーXI(以下、FF11)は、20年以上にわたる運営の中で、他のMMORPGとは異なる成長設計を維持し続けてきた。
レベルや装備が更新され、過去の成果が切り捨てられていくのではなく、積み重ねた努力が現在の成長に直接結びつき続ける構造である。
この水平的・重層的な成長設計は、長年遊び続けてきたプレイヤーにとっては、投資した時間が無駄にならないという安心感をもたらす。一方で、この構造そのものが、特定の復帰者層にとっては強い心理的障壁となっている。
本稿では、なぜ数年程度のブランクを持つプレイヤー層が、新規プレイヤーよりも立ち止まりやすいのか。
その背景にあるFF11の成長設計を整理し、今後求められる調整や施策の方向性について考察する。
新規よりも立ち止まりやすい層の存在
完全な新規プレイヤーや、10年以上前に遊んでいた復帰者は、現在のFF11の全体像を細かく把握しないまま、比較的純粋にミッション・ストーリーの攻略を楽しむことができる。
FF11のエンドコンテンツの全容や終着点が見えないことは、不安であると同時に、過度な計算をせずに済む余地でもある。
対照的に、数年程度のブランクを経た復帰者や、復帰を検討しつつ情報を断片的に追っている層は、過去の経験によって現在の状況をある程度把握できてしまう。
マスターレベル、オデシー、ソーティ、プライムウェポンといった要素を目にした段階で、それらに必要な時間、準備工程、参加条件を現実的に見積もってしまう。
この「把握できてしまう」状態が、復帰判断におけるブレーキとなる。
この現象は、考えた瞬間ぐったりする「計算可能な絶望」とも言える。
緩和は進んでいるが、スキップはできない
FF11において、コンテンツ緩和が行われていないわけではない。
ダイバージェンスのソロ対応など、開発側がソロプレイへの配慮を示している点は評価できる。
しかし、成長設計の根幹は依然として水平成長であり、大きな工程をまとめて飛ばすような仕組みは基本的に存在しない。
過去に途中まで進めたコンテンツも、最新コンテンツも、同一の成長曲線上に配置されており、再びレールに戻る必要がある。
この成長曲線は、ポイント制を基軸とし、日課や週単位の目標が明確に設定され、長時間の周回を前提とした構造を持つ。
ポイント調達、素材取得、ポイント消費による段階的な装備強化、そして微小なステータス上昇の積み重ね。
これが現在のFF11エンドコンテンツの基本形である。
重要なのは、最新コンテンツだけでこの工程が完結していない点だ。
過去の周回型コンテンツも、成長過程の「停車駅」として依然として機能しており、回避は難しい。
部分的な緩和と、構造が変わらない現実
例えば、マリグナス装束の取得は、難易度「やさしい」であってもコンプリートまでに200~300周を要すると言われてきた。
特に終盤はレア装備の重複が続き、精神的な消耗が大きい工程である。
これに対する緩和策として、重複を回避するための「包」が実装された。
確かに改善ではあるが、ドロップ率そのものが大きく変わったわけではなく、長期周回が前提である点は変わっていない。
このように、現在の緩和施策の多くは、工程全体を短縮するものではなく、負担を「多少」軽減する水準にとどまっている。
開発が向き合うべき優先順位
開発側が最優先すべきは、現役プレイヤーの継続プレイと離脱防止である。
長期運営タイトルにおいて、投資時間の価値を守ることは、開発とプレイヤーの信頼関係の基盤だからだ。
一方で、新規プレイヤーや10年以上前の経験者に対しては、比較的低コストな施策でも「触ってみよう」と思わせる動機付けが可能である。
2025年の周年記念モグボナンザ武器配布は、その好例であり、賛否はあったものの、現役・新規双方に対して有効な施策だったと考えられる。
ただ、より重点的に設計すべきなのは、数年以内に離脱した復帰予備軍、すなわちかつてミドル~ハイ層に位置していたプレイヤーである。
この層は、新規や極端に古い復帰者とは異なり、現在の成長設計や時間投資を現実的に計算できてしまう。
見えてしまうがゆえに立ち止まる。
ここに「再エンジン」をかけるための施策が、今後のFF11にとって重要になる。
正直、その一手は見えないが、条件が整えばコアプレイへ再接続できる層へのアプローチは必須であろう。
数年ブランク層という立場からの実感
ここで述べる内容は、あくまで一個人の感覚に基づくものである。
なぜなら、筆者自身が数年のブランクを経たプレイヤーだからだ。
筆者は2025年現在、課金を再開してはいるものの、直近数年間はプレイが停滞している。
かつては複数アカウントでコンテンツ攻略を行っていたが、現在は単独アカウントに切り替え、月替わりのアンバスケードを緩く遊び、新コンテンツにも軽く触れる程度のプレイスタイルである。
日課として消化可能なコンテンツは数多く存在するが、その多くは実際には手を付けずに放置している。
月に数日、短時間のプレイに留まっており、モグワードローブを含めた課金額に対するプレイ対価という観点では、決して効率的とは言えない。
それでも課金を続けている理由は、この世界が好きであり、検証や調査、ブログ記事や動画制作といった形で関わり続けたいからである。
成長や攻略への執着が薄れた、いわば「エンジンが冷えた状態」で遊んでいるため、プレイ体験そのものに対する不満は大きくない。
FF11は、自己の目標が明確になった瞬間に、再びコアプレイへ火が入る不思議なゲームでもある。
その目標は、成長や高難易度攻略に限らず、研究や知識欲、ソロプレイの工夫といった方向にも向き得る。
小話:積み重ねが届くという実感
かつて、筆者が現役でプレイしていた頃、ライト寄りのプレイスタイルでコツコツ遊んでいた印象のあるプレイヤーがいた。
その人物が、現在ではエンドコンテンツの難関層に挑戦している様子を、YouTube上の動画で目にしたことがある。
その姿を見て、FF11が本質的には、継続したプレイと段階的な挑戦によって到達点が開けていくゲームであることを、改めて実感した。
知識量や研究の密度による差は確かに存在するが、それでも積み重ねが意味を持つ設計である点は変わらない。
この前提があるからこそ、成長設計そのものを否定する必要はない。
投資時間の保護と、柔軟性の課題
現役ハイプレイヤーの積み重ねを守ることは重要であり、時間をかける価値があるのも事実である。
しかし同時に、その積み重ねが持ちジョブの多様化や新しい遊び方への足かせになっている側面も否定できない。
特に問題となるのが、最新コンテンツにおける経験値ロストの扱いである。
新リンバスのNMのような、死屍累々のワイワイとしたプレイ体験は魅力的である一方、マスターレベル後半のプレイヤーにとっては、ロストリスクが参加の心理的障壁となっている。
ロスト緩和バフは存在するが、投資時間の大きさを考慮すると十分とは言い難い。
多くのプレイヤーは、年齢が高く、リアルとの兼ね合い、日課の多さ、これまで積み重ねてきた労力を計算した上で行動を選択している。
かつてのロスト思想は理解できるが、一時期ほぼゼロリスクまで緩和されていた経緯を踏まえると、現在のマスターレベル帯に過去の思想を持ち込んでいる状態は、ズレていると言わざるを得ない。
終わりに
FF11の成長設計が間違っているわけではない。
問題は、その設計に対して、再びエンジンをかけるための導線が十分に用意されていない点にある。
知らない人には夢があり、
知っている人には現実が見えてしまう。
この前提を受け入れたうえで、現役プレイヤーの価値を守りながら、数年ブランク層が再び一歩を踏み出せる調整を行うこと。
それが、長期運営MMORPGとしてのFF11に求められている次の課題なのだろう。
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